紆余曲折する原子力開発

 かつて北京五輪の1年前に同地を訪問した際、地下鉄工事や道路建設が最盛期を迎えており市内は各所で掘り返されていた。

 どうしてこんなことが可能なのかと聞いたところ、「北京では市長がここに道路を通すと決めれば、その通り実行出来る。問題はない」との答えが返ってきた。

 日本の場合は、地域住民や利害関係者の声を聞くことが当然であり、政府や自治体が計画を決定してからも根強い反対運動が続く。

 空港、高速道路、原子力発電所、ゴミ焼却場など。中には刑務所の社会復帰のための更正施設に対して完成してからも執拗な反対運動が継続し、当局もそれに応じて話合いを続けるといった具合だ。

 このような過剰なまでの民主的やり方の日本では原子力の開発計画も当然ながら紆余曲折を経て進むことになる。