安心より安全を

 我が国は近頃事故や不祥事続きで、政治家やマスメディアは「安全、安心」が慣用句になっている。安心は情緒的なもので、安全は科学的なものだがこれを一緒にして言っているところにいつまでも事故や不祥事が収まらない原因がある。

 安心は安全な状態が続けばおのずと得られるものだ。だから、まず、安全を確保すべきなのだ。その安全は絶対安全でなく、相対的な安全があるのみであることを認めるべきだ。許容出来る安全のレベルを決め、それをしっかり守るという科学的思考を国民の間に定着させるべきで、いたずらに「安全安心な」などと言うべきではない。

 BSE騒動のときに、牛丼の吉野家の社長が「安全で議論するならどこまでも対応したい。また出来る自信がある。しかし安心と言われると議論が果てしなく積み重なり消費者は莫大な不利益になる。なんとか安全で議論をさせて欲しい」と言っていたのを思い出す。